2018年08月01日

石の上にも三年‥‥

 29年間も住んでいた札幌から、千葉県の端の北柏に移住してきてから、ちょうど3年が経った。
石の上にも三年‥‥ということだが、札幌とはかなり勝手が違うので、ちょっと慣れるまで時間がかかったようだ。

何しろ、道が狭くてくねくねと曲がりくねっている。
初めは“やけに一方通行が多いな〜っ!?”と思っていたら、一方通行の道ではなかった‥‥(@_@)

子供の頃から健康には自信が無いので、とにかくお医者さんとか医療機関が欠かせない私、いろいろと探して、なんとか必要最小限度のかかりつけ医をみつけたのだが、どうもイマイチ‥‥。
昔、四ッ谷に住んでいた頃が医療関係ではベストな環境だったと思う。
ま、重篤な感じになったら救急車で運んでもらえば良いか!?という感じのようです。

北柏に来て最も良かったと思えるのが、食料品の安さだろう。
札幌でも、そこそこ安いと思っていたのだが、異次元のレベルの安さだ。
今まで見たことも無い値札に驚愕する毎日、よくこれで商売が成り立っているな〜!?と、心配してしまうほどなのです。
時間が合えば、さらに3割引や半額の商品に出会うこともできる。凄い!!

光熱費や水道代などは、札幌時代とはそれほど差は無いようだ。
ただ、電気代はこちらの方が安く感じる。気のせいだろうか‥‥!?

ま、多少の不便さはあるが、なんとか“最低限の文化的生活+α”はできている感じなので、良しとすることにしようと思う。

しかし、気候を含めて自然現象だけは仕方のないことだが、夏が暑過ぎる。
毎日海辺に居るような気がする気温と日差し、ちょっと‥度が過ぎている気がする‥。
でも、冬が寒くないから、これも仕方のないことだと言い聞かせるようにしている。

あとは地震‥‥
何が嫌かと問われれば、地震‥カミサン‥火事‥ヤクザ‥‥ということになる。
これも、仕方のないことだと諦めるしかないのだろう‥‥(-.-)

もし、LotoかTotoで大当たりしたら、また四ッ谷界隈に住みたいと思う今日この頃。
しかし、飯田橋と市ヶ谷の間に住めば、私の苗字の飯ヶ谷というのが、洒落て聞こえる気もする。
どんなものでしょうか‥‥!?

兎にも角にも、なんだかんだと3年経ってしまった。
つまらない書き込みでゴメンナサイ<(_ _)>。


posted by 羊飼い at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記

2018年07月24日

新しい死に方‥‥

 何やら物騒なタイトルになってしまった。
昔から“人間も、いつかは死ぬ”ということを常々頭の片隅に置いて生活をしてきたし、今もしている。
そもそも、人間の存在意義・意味なんていうのはあるのだろうか‥‥!?
また、人生とは死ぬまでの暇つぶしなのではないだろうか‥‥!?
などと、人によっては不毛な問い、と感じられることが気になって仕方がない。
中学2年生の時の、ある事件がきっかけで、こんなことをずっと自分に問いかけ続けている。
今まで知り合った人の中に、宗教家、哲学者、大学教授、そして芸術家が何人かいた。
その人たちに少しずつ話題を誘導?して、常々気になっていることを問いかけてみたことも多い。
しかし、どうも納得のいく感じ方・考え方、そして答えが得られなかった、というか、今でも得られていない。
結局は修行が足りないらしい‥‥。

実は、私の母方系の伯母(数年前に死去)に宗教家が居た。
いつも難問・奇問をぶつけていたのだが、結構納得できる答えを返してくれていた。
しかし、上記のことに関しては“あ〜、そうなんだ!”という納得は得られなかった。
どうでも良いことだが、伯母は超能力を持っていて、末期ガン患者を何十人も完治させた人なんです。
ついでに私も蓄膿症を治してもらったことがある。医師もビックリしていた。
と言っても、誰も信用しないだろうな〜!?と、思う。でも、事実なんです(^^ゞ

なんだかんだ、そんな感じで何十年も過ごしていたのだが、たまたま観た『朝まで生テレビ』というテレビ番組での西部 邁(にしべ すすむ)さんのコメントに、妙に共感することが多かった。
以来、氏の著作を何冊か読んでみたが、私にとっては素晴らしい感性と考え方を持っている人、という印象だった。

今でも覚えていることが‥‥たしか、1988年だったと思う。西部さんが中沢新一氏を東京大学教養学部助教授に推薦したのだが、委員会では通ったが教授会の採決で否決されたことがある。
これに抗議して同年3月、東京大学を辞任されてしまった。西部さんの言うには「東大の馬鹿騒ぎ」とのことらしい。
この時、西部さんを支持した中に舛添要一さんがいたのが印象的だった。

しかし、西部さんは今年の1月21日、多摩川で入水自殺してしまった。また、これが事件として扱われていることは周知の事実、存念なことだと思う。

ちょっと話がそれてしまったが‥‥
今年の夏の猛暑、さっきのニュースで言っていたが、7月9日から15日までの1週間に搬送された熱中症患者数は、全国で約1万人、このうち死者が12人‥‥とのことだ。凄い!!

ということで、誠に不謹慎な言い方だとは思うが、熱中症による自殺と言うのも、案外アリだと思うのだが、どんなものだろうか‥‥。
もし、ダラダラと生きながらえてしまった時、生きているのが面白くないと感じ始めた時、自分の始末は自分でする、という私の流儀からすれば、自殺の手段の一つ、として選択肢の中に入れても良いかもしれない‥‥と思う。

しかし‥‥
入水自殺は泳いでしまうだろうから無理。泳ぎは得意なのです。
高所恐怖症なので、高いところから飛ぶということも無理、というか、そもそも高いところには行けない。。
苦しいのは嫌なので首つりも無理。
痛いのも嫌いなので手首や首を切るのは無理。
電車に飛び込むのも、痛そう‥‥ということで、無理。
更に、死んだ後に他人への迷惑を最小限にする、ということを考えれば熱中症で死ぬ、というのも悪くないかな?、と思った次第です。

ちなみに、知り合いの医師に尋ねてみたところ、“う〜ん、熱中症で死んだことがないのでナンともいえないが、少なくとも苦痛は少ないし、遺体の損傷も無いみたいだね!!”ということだった。
うん、覚えておこう‥‥。

縁起の悪い話になってしまい、ゴメンナサイ<(_ _)>なのだが、高齢者ともなると、そろそろ終わりのことを考え始めるようだ。
でも、現実を観れば、まだまだ当分は悟りへの道を彷徨い続けることになりそうです。
兄も猫もいるし‥‥(^^ゞ

般若仏母.jpg

posted by 羊飼い at 16:45| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記

2018年07月19日

今日は命日‥‥

 今日は私の好きだったギタリストの一人、Quique Paredes(キケ・パレーデス)さんの命日です。

キケさんは1955年セビージャ生まれ。アントニオ・オスーナ氏に学び、タブラオ等で活躍。後、各地のフェスティバルなどで、主にカンテ伴奏で活躍されていました。
去年、2017年7月18日に手術中にお亡くなりになってしまいました。享年62歳。
私よりも5歳も若いのに‥‥残念だったろうと思います。

ところで、キケさんが師事されたアントニオ・オスーナ氏ですが、私がセビージャ時代に知人から紹介された先生がアントニオ・デ・オスーナさんと言う人でした。
その後、日本に来ていたたギタリストに訊いたところ、同人物ということがわかりました。

私が習っていた時は私が19歳の頃だったので、たぶん、一緒にギターで遊んだことがあるかもしれない‥‥何人も子供が来ていたから‥‥その中にキケさんがいた可能性もある、かもしれない‥‥。
いずれにしても、同門、ということになりますね〜、感慨深いものがあります。



posted by 羊飼い at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記