2017年03月01日

減量‥‥


 どうでも良いことなのですが、ちょっと自慢?してしまおう!!

実は、体重のことなのだが‥‥
ほとんど一日中椅子に座ったままギターばかり弾いているせいで、徐々に体重が増えてしまっていた。
20代前半くらいまでは、それでも基礎代謝量でカバーできていたのだが、徐々にカバーしきれなくなっていたようだ。

厄年の25歳の時に、日本中を駆けずり回り仕事をしていたのだが、過労と大好きなチョコレートとコーヒーの採り過ぎで、潰瘍になってしまった。
神戸の仕事から帰ってきたとたん東京駅で吐血、すぐに救急搬送され1か月半も入院していた。
でも、その時でさえ体重は72キロはあった。
担当医曰く“こんな太った潰瘍患者は初めてです!”と言われてしまった‥‥恥ずかしかった。
ただ、運良く手術は避けられ、投薬治療で回復、初めての入院生活だった。

それから少しは気を付けていたのだが、健康状態が良くなるに従って、またまた徐々に体重は増えていった。
やはり運動不足のためだったのだろう。
たまにプールに行って泳いでいたのだが、足りなかったようだ。

それからウン十年も経った去年、胆嚢摘出手術をして以来、何故か胃袋が小さくなったようで食事の量が減ってしまった。
ちょっと食べるだけでお腹いっぱいになってしまう。
更に、医師の勧めでウォーキングを欠かさずしているのが効いたのか、3か月で12キロくらい減量に成功した。
20代前半と同じくらいになってしまった、というだけの話です。
以前は“腹筋は3段くらいの横割れ?”だったのが、毎晩のゆる〜い筋トレの効果か“縦割れ”になりつつあるようだ。

ただ、体重と共に体力も減ってきた感じがしないことも無い。
特に左手の押さえが甘く感じる今日この頃、ちょっと危機感!!
ゆる〜い筋トレを、もう少しだけキツクした方が良いかもしれない。
いずれにしても、“老マッチョ”を目指して頑張ってみよう、と思う。

macho.jpg
つまらない話しで恐縮です。

posted by 飯ヶ谷 守康 at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記

2017年02月02日

ある天才の死

 だいぶ昔の話だが、私を慕ってフラメンコギターを習いに来ていた青年が自殺した。

私が1回目のスペイン修行を終え、帰ってきた頃、ふと知り合った先輩ギタリストのコンサートを手伝ったことから、この話は始まった。
その先輩曰く“飯ヶ谷君、手に負えない生徒がいるんだが、教えてやって欲しい!”とのことだった。
しかし、私は帰ってきたばかりで、本場で習ったこと、知ったこと、そして経験したことなどの整理もできていなかったので“いえいえ、僕では役不足ではないですか!?”と答えるしかなかった。

後日、先輩とその生徒さんが一緒にが来て、紹介してくれた。
なんと、まだ中学生になったばかりだという‥‥。
“じゃ〜ね〜、普段の練習風景みたいに、何かちょっと聞かせてくれるかな!?”と言ったところ、いきなりブレリアスを弾き始めた。
おっと、僕よりもコンパス感が良いかも‥‥!?

結局、未整理の情報でも良いので、私が本場で身に付けたことを“受け売り”状態で伝える、ということで私のところでレッスンをすることになった。
フラメンコを始めて2〜3年程度だというが、どう聞いても10年くらいは弾いている感じにしか聞こえない。生まれつきのセンスなのか‥‥!? 第一の疑問、だった。

週1回、1時間前後の譜面を使わずのレッスンなのだが、覚えが速い!!
一度ゆっくり弾くだけで、どんどん覚えていく‥‥なんで‥‥!? 第2の疑問、だった。

次のレッスンの時には、先週教えたことを、ほぼ完璧に弾いてくる。
難しい部分も“ここんところ、弾きづらくない? 難しく感じない?”と尋ねると“はい、最初はそんな感じを受けましたが、何回か弾いているうちに感じなくなりました”だと‥‥。
更に突っ込んで尋ねると“なんか、こういう感じで指を使うと、弾けるような気がするんです”だと‥‥。
教えてもいないことに気が付くらしい‥‥。第3の疑問、だった。

翌年、私のコンサートでバックを務めてくれるギタリストを探し始めた時、“先生、僕じゃダメでしょうか!?”と言ってきた。ま、ただリズムだけ弾くだけでもいいから‥‥ということで、思い切って第2ギターを頼んでしまった。
コンサートの練習を普段のレッスンと並行して始めてから気が付いたことだが、私が弾くファルセータやリズムに、どんどんと付いてくる。
初めて聴くファルセータなのに、なんで合わせられるのか‥‥第4の疑問、だった。

そのことを彼に尋ねたら“先生の音やリズムのパターン、そしてクセが、なんとなく分かってきたみたいです。
だからなんでしょうね、きっと‥‥”だと。
音楽のパターンを素早く見抜く、いや、感じる能力が抜群のようだ。‥‥第5の疑問だった。

いよいよ本番が近づいてきた頃“先生、もっとバシッと弾いてくださいよ!! 多少リズムが崩れそうになっても、合わせますから、思い切って弾いてください!!”と彼に言われてしまった。何という余裕だ‥‥第6の疑問、だった。

あまりにも簡単に弾いて来るので、かなり難しいセカンド・パートを要求しても、ほぼ完璧に弾いてくる。逆に私があおられてしまいそうになることもあった。
どっちが先生で、どっちが生徒なんだか、聴いている人は混乱するだろうな〜と感じることもあった。
う〜ん、経験や年期ではなく、やはりセンスや才能が全てなんだな〜と、強く感じされられる生徒だった。
たぶん、コイツは、いわゆる天才なのかもしれない‥‥と、強く感じ始めた私であった。

レッスン中に、“ある事”に気が付かなくては絶対に弾けない課題を幾度となく与えたことがある。
心の中で“フフフッ、今度は弾けないだろう!”と心の中でイタズラな笑いを楽しんでいた。
しかし、1週間後の次のレッスンには、ささやかな私の期待は裏切られ、みごとに完璧に弾いてきた。
“このファルセータは、今までと違って“ある事”が必要なんだけれど、何だと思う!?”と尋ねると、
“たぶん-XXXXX-を感じられるかどうか、ということだと思います”と、あっさりと正解を答えた。
なんで一度も教えたことがないことに気が付き、たった1週間で出来てしまうのか‥‥第6の疑問、だった。
と同時に、やはり、コイツは天才なんだな〜と、更に強く確信を得た瞬間だった。

他にも、いろいろな疑問・刺激・才能を感じさせてくれる生徒だった。
“将来はプロ・ギタリストになりたい”ということだったので、ご両親の了解を得て、中学校卒業後、すぐにスペインに行かせた。
もちろん、いきなりのスペインは大変過ぎると思ったので、たまたま来日していた某男性振付師や、エル・フラメンコに仕事で来ていた知り合いのギタリスト、踊り手、唄い手さんたちを紹介したところ、“そうか、スペインに来るのか、では一緒にフラメンコをやろう!”と快く彼を引き受けてくれた。

1年経ったころ、彼からの手紙に“微妙な心境の変化”を感じ、心配になったのでスペインに様子を見に行くことにした。
久しぶりに会ったのだが、いろいろと話を聞くところでは、スペインでのフラメンコ修行は上々のようだった。
私の杞憂だったな〜!と安心した次第。
それに、前述の某男性振付師や、ギタリスト、踊り手、唄い手たちとも、不定期ながら練習に付き合ってくれているという。
ついでだったが、私の親しいギタリストのエンリケ・ヒメネスにも紹介した。
エンリケ曰く“えっ、お前の生徒だって!? お前よりも良いじゃないか!!”ということだった。
嬉しいように悲しいような‥‥。

そして翌年、突然彼が帰ってきた。何故かと尋ねても、何も答えてくれなかった‥‥!?何かがあったのだろうが、何も話してはくれないし、私にはなんだか見当もつかなかった。凡人の哀しさ、なのだろう。
実家に連絡してお母さんに聞いてみたが、理由は分からないとのことだった。

---途中、省略---

そして数年後、“自殺してしまいました‥‥”という悲しい連絡を受けた。
思えば、私自身若かったせいか、彼の心の中を理解できなかったことも悪いのだろう。
かばい切れなかったこともあるだろう‥‥。
もっと密接な関係を作っておけば良かったのかもしれない‥‥。
いろいろと悔いが残った。

天才は“近道を見つけることができる”
天才は“習わなくてもできる”
天才は“凡人が気が付かないことを識っている”
天才は“凡人が感じられないことを感じられる”
天才は“とても静かな、でも熱い心を持っている”
天才は“すべてを見通すことができる”
でも、耐えることだけが、できないのかもしれない‥‥

もう、35年以上前のことなのだが、今でも、時々彼の夢を見る。
いつか彼の遺作になってしまったロンデーニャのブレリアスを弾きたいと思っている。
彼が15歳の頃に作った素敵な曲だ。
もちろん、彼のようには弾けないと思うが‥‥。
posted by 飯ヶ谷 守康 at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記

2017年01月01日

謹賀新年

明けましておめでとうございます

また正月が来た。
とりあえずは、おめでたいことなのだう。
歳のせいなのかはわからないが、例年になく気分が落ち着いている。
別にテンションが下がっているという訳ではないのだが、とにかく冷静なのは何故なのだろう‥‥!?

去年は後半から体調を崩してしまい、思ってもいなかった手術を受けた。
それだけで済むと思ったら、急に歯の具合も悪くなり近所の歯科医に行ったのだが、初診療の時に“歯茎の中で折れてますね〜!”と、いきなりの抜歯。おまけに?女医さんだった。
お腹も歯も、女医さんに処置されるというのは、想定外だった。
それだけ女医さんが増えているということなのだろう。
でも、どちらも腕前は確かだったようで、痛みが無かった。ありがたいことだ。

さて、今年はどんな年になるのだろうか‥‥!?
といっても、あまり期待しない方が良いだろう。
すべては神のみぞ知る、というくらいで構えておいた方が良いのかもしれない。

ところで、性懲りもなく、だらだらとこのブログも書いていくので、興味のある方は、たま〜に覗いていただけたら、と思う。

とりあえず、今年もよろしくお願いします。


posted by 飯ヶ谷 守康 at 11:41| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記