2017年02月02日

ある天才の死

 だいぶ昔の話だが、私を慕ってフラメンコギターを習いに来ていた青年が自殺した。

私が1回目のスペイン修行を終え、帰ってきた頃、ふと知り合った先輩ギタリストのコンサートを手伝ったことから、この話は始まった。
その先輩曰く“飯ヶ谷君、手に負えない生徒がいるんだが、教えてやって欲しい!”とのことだった。
しかし、私は帰ってきたばかりで、本場で習ったこと、知ったこと、そして経験したことなどの整理もできていなかったので“いえいえ、僕では役不足ではないですか!?”と答えるしかなかった。

後日、先輩とその生徒さんが一緒にが来て、紹介してくれた。
なんと、まだ中学生になったばかりだという‥‥。
“じゃ〜ね〜、普段の練習風景みたいに、何かちょっと聞かせてくれるかな!?”と言ったところ、いきなりブレリアスを弾き始めた。
おっと、僕よりもコンパス感が良いかも‥‥!?

結局、未整理の情報でも良いので、私が本場で身に付けたことを“受け売り”状態で伝える、ということで私のところでレッスンをすることになった。
フラメンコを始めて2〜3年程度だというが、どう聞いても10年くらいは弾いている感じにしか聞こえない。生まれつきのセンスなのか‥‥!? 第一の疑問、だった。

週1回、1時間前後の譜面を使わずのレッスンなのだが、覚えが速い!!
一度ゆっくり弾くだけで、どんどん覚えていく‥‥なんで‥‥!? 第2の疑問、だった。

次のレッスンの時には、先週教えたことを、ほぼ完璧に弾いてくる。
難しい部分も“ここんところ、弾きづらくない? 難しく感じない?”と尋ねると“はい、最初はそんな感じを受けましたが、何回か弾いているうちに感じなくなりました”だと‥‥。
更に突っ込んで尋ねると“なんか、こういう感じで指を使うと、弾けるような気がするんです”だと‥‥。
教えてもいないことに気が付くらしい‥‥。第3の疑問、だった。

翌年、私のコンサートでバックを務めてくれるギタリストを探し始めた時、“先生、僕じゃダメでしょうか!?”と言ってきた。ま、ただリズムだけ弾くだけでもいいから‥‥ということで、思い切って第2ギターを頼んでしまった。
コンサートの練習を普段のレッスンと並行して始めてから気が付いたことだが、私が弾くファルセータやリズムに、どんどんと付いてくる。
初めて聴くファルセータなのに、なんで合わせられるのか‥‥第4の疑問、だった。

そのことを彼に尋ねたら“先生の音やリズムのパターン、そしてクセが、なんとなく分かってきたみたいです。
だからなんでしょうね、きっと‥‥”だと。
音楽のパターンを素早く見抜く、いや、感じる能力が抜群のようだ。‥‥第5の疑問だった。

いよいよ本番が近づいてきた頃“先生、もっとバシッと弾いてくださいよ!! 多少リズムが崩れそうになっても、合わせますから、思い切って弾いてください!!”と彼に言われてしまった。何という余裕だ‥‥第6の疑問、だった。

あまりにも簡単に弾いて来るので、かなり難しいセカンド・パートを要求しても、ほぼ完璧に弾いてくる。逆に私があおられてしまいそうになることもあった。
どっちが先生で、どっちが生徒なんだか、聴いている人は混乱するだろうな〜と感じることもあった。
う〜ん、経験や年期ではなく、やはりセンスや才能が全てなんだな〜と、強く感じされられる生徒だった。
たぶん、コイツは、いわゆる天才なのかもしれない‥‥と、強く感じ始めた私であった。

レッスン中に、“ある事”に気が付かなくては絶対に弾けない課題を幾度となく与えたことがある。
心の中で“フフフッ、今度は弾けないだろう!”と心の中でイタズラな笑いを楽しんでいた。
しかし、1週間後の次のレッスンには、ささやかな私の期待は裏切られ、みごとに完璧に弾いてきた。
“このファルセータは、今までと違って“ある事”が必要なんだけれど、何だと思う!?”と尋ねると、
“たぶん-XXXXX-を感じられるかどうか、ということだと思います”と、あっさりと正解を答えた。
なんで一度も教えたことがないことに気が付き、たった1週間で出来てしまうのか‥‥第6の疑問、だった。
と同時に、やはり、コイツは天才なんだな〜と、更に強く確信を得た瞬間だった。

他にも、いろいろな疑問・刺激・才能を感じさせてくれる生徒だった。
“将来はプロ・ギタリストになりたい”ということだったので、ご両親の了解を得て、中学校卒業後、すぐにスペインに行かせた。
もちろん、いきなりのスペインは大変過ぎると思ったので、たまたま来日していた某男性振付師や、エル・フラメンコに仕事で来ていた知り合いのギタリスト、踊り手、唄い手さんたちを紹介したところ、“そうか、スペインに来るのか、では一緒にフラメンコをやろう!”と快く彼を引き受けてくれた。

1年経ったころ、彼からの手紙に“微妙な心境の変化”を感じ、心配になったのでスペインに様子を見に行くことにした。
久しぶりに会ったのだが、いろいろと話を聞くところでは、スペインでのフラメンコ修行は上々のようだった。
私の杞憂だったな〜!と安心した次第。
それに、前述の某男性振付師や、ギタリスト、踊り手、唄い手たちとも、不定期ながら練習に付き合ってくれているという。
ついでだったが、私の親しいギタリストのエンリケ・ヒメネスにも紹介した。
エンリケ曰く“えっ、お前の生徒だって!? お前よりも良いじゃないか!!”ということだった。
嬉しいように悲しいような‥‥。

そして翌年、突然彼が帰ってきた。何故かと尋ねても、何も答えてくれなかった‥‥!?何かがあったのだろうが、何も話してはくれないし、私にはなんだか見当もつかなかった。凡人の哀しさ、なのだろう。
実家に連絡してお母さんに聞いてみたが、理由は分からないとのことだった。

---途中、省略---

そして数年後、“自殺してしまいました‥‥”という悲しい連絡を受けた。
思えば、私自身若かったせいか、彼の心の中を理解できなかったことも悪いのだろう。
かばい切れなかったこともあるだろう‥‥。
もっと密接な関係を作っておけば良かったのかもしれない‥‥。
いろいろと悔いが残った。

天才は“近道を見つけることができる”
天才は“習わなくてもできる”
天才は“凡人が気が付かないことを識っている”
天才は“凡人が感じられないことを感じられる”
天才は“とても静かな、でも熱い心を持っている”
天才は“すべてを見通すことができる”
でも、耐えることだけが、できないのかもしれない‥‥

もう、35年以上前のことなのだが、今でも、時々彼の夢を見る。
いつか彼の遺作になってしまったロンデーニャのブレリアスを弾きたいと思っている。
彼が15歳の頃に作った素敵な曲だ。
もちろん、彼のようには弾けないと思うが‥‥。
posted by 羊飼い at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記

2017年01月01日

謹賀新年

明けましておめでとうございます

また正月が来た。
とりあえずは、おめでたいことなのだう。
歳のせいなのかはわからないが、例年になく気分が落ち着いている。
別にテンションが下がっているという訳ではないのだが、とにかく冷静なのは何故なのだろう‥‥!?

去年は後半から体調を崩してしまい、思ってもいなかった手術を受けた。
それだけで済むと思ったら、急に歯の具合も悪くなり近所の歯科医に行ったのだが、初診療の時に“歯茎の中で折れてますね〜!”と、いきなりの抜歯。おまけに?女医さんだった。
お腹も歯も、女医さんに処置されるというのは、想定外だった。
それだけ女医さんが増えているということなのだろう。
でも、どちらも腕前は確かだったようで、痛みが無かった。ありがたいことだ。

さて、今年はどんな年になるのだろうか‥‥!?
といっても、あまり期待しない方が良いだろう。
すべては神のみぞ知る、というくらいで構えておいた方が良いのかもしれない。

ところで、性懲りもなく、だらだらとこのブログも書いていくので、興味のある方は、たま〜に覗いていただけたら、と思う。

とりあえず、今年もよろしくお願いします。


posted by 羊飼い at 11:41| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記

2016年11月18日

入院日記

 久々の入院生活、その内容をちょっとばかり書いてみた、記憶の一コマとして‥‥。

入院1〜2日目
 11月11日に入院したのがセカンド・オピニオンとして来院したC病院。日ごろお世話になっている先生に紹介して頂いた病院です。
入院手続きを済ませ、1階の111号室に向かう。4人部屋だ。一人部屋は高いし、何か怖いことにでも遭遇したら嫌なので大部屋にしてもらった。病院では怪奇現象が起こるというのを聞いていたから‥‥。
但し、14日の手術直後は、ナースセンター前の特別室?に入れられるとのことだった。

11日〜12日は手術前の検査と体調を整えるための時間、ということらしい。
次から次と医師たちが来た。外科・内科、そして何故か内分泌科の医師までも‥‥。
実は血統的にも血糖値が高い体質なので、糖尿病ではないが、いわゆるギリギリの予備軍なので手術後の直りが心配、ということで専門医からの指導・予備知識などが必要ということらしい。
胆嚢の摘出に当たって、病気の知識、今回の手術の方法と手順の説明、さらに手術後の生活の注意点等々、とても分かりやすく説明された。
暇だと思っていた2日間が、わりと暇をもてあそぶ程でもなく過ごせたのは、ある意味良かった。

入院3日目
 いよいよ手術を明日に控え、そのための準備というかイベント?がいろいろあった。
これ以後、ちょっと“大人の話?”めいてくるので、不快に感じる方がいないとは限らない。そう感じた方は読むのを止めましょう!!特に女性の方は読まない方が良いかも‥‥。

まずはお臍の掃除から始まった。
担当の女性看護師のNさん、小学生のお嬢さんがいらっしゃるとのこと、ちょっと暗そうな一面を持っている気がしないでもないが、とても親切に接してくれました。
そのNさん曰く“飯ヶ谷さんのお臍、とっても綺麗ですよ!普段からお手入れしてるんですか!?”
“いえいえ、ただ風呂上がりにテレビを見ながらや指でほじくっているだけです‥その匂いが嫌いじゃないんです”と言ったら、“ハハッ、変態なのかも!?”とのことでした。間違っていないかも‥。

続いて“では、剃毛をしましょう!”とのこと。
一応手術の時に消毒するのだが、剃毛をしておくのが慣例だそうです。
そう言えば、高校時代にクラスメートが盲腸の手術を受ける時に看護師さんに“しっかりと握られて剃毛されちまった‥”と恥ずかしくも嬉しそうに語っていたことを思い出してしまった。でも、私の場合は違うだろう、と思ったのだが‥。

剃毛は電気シェーバーみたいなモノでするらしい。“自分でやりますか!?それとも私がお手伝いしましょうか!?”とのことだったので、“どのくらいの範囲をやれば良いのか教えていただければ自分でやります”と言ったのだが、“でも、横とか後とか裏側は難しいし、切ってしまう患者さんもいらっしゃいますよ!”とのことなので、“じゃ、お願いします”と言ってしまった‥。
“では、ちょっと待っててくださいね”と言ってその場を後にした。

数分後、大きなゴムのシートのようにモノを持ってきて“この上に寝てください”と言われるままに仰向けに寝た。“では始めま〜す”と言った瞬間、慣れた手つきでパンツともどもパジャマを膝まで降ろされた!!ガ〜ン!!お腹だけじゃないのか!?
情けなくもNさんの眼前に股間がさらされた瞬間だった。
肋骨のあたりから膝上まで、もちろんデリケートなところまで‥。そうか、横とか後とか裏側と言うのは、こういう意味だったのか‥と理解したのが遅かった。
“はいっ、もっと足を開いてくださいね〜”などと言われるままに恥ずかしい体勢のまま10分間ぐらいが経った。
無事剃毛が済むと“お疲れ様でした〜”と何事も無かったように立ち去るNさん‥プロだ〜と感心するしかなかった。

その後夕食後にNさんの再登場。
“手術の時から点滴が始まりますので、点滴用の針の留置をします”とのこと、しかしさすがプロ、それほど痛みを感じることは無かった。
そして13日の夕食後から15日の昼まで、長い42時間の絶食が始まった。

入院4日目-手術当日
 いよいよ手術当日、朝一で執行、いや執刀ということだ。
担当の外科医との打ち合わせ後、しばらくすると初顔?のSさんが来た。橋本マナミさん似の看護師さんだ。健全な日本男子?なら、ドキッとするほどの美人さんだ。
“飯ヶ谷さ〜ん、浣腸しま〜す”と何故かニコニコしながらやって来た。
“自分でします”と言ったら、“私のお仕事を取らないでくださいね〜”と小首を傾けながら言われてしまった。
“は〜いっ、お尻出しましょうね〜!”と言いつつ、やはりパンツごとパジャマを膝下まで下げられた。さっさとやってくれればいいのに、私の股間をチラ見した後、“飯ヶ谷さん、ずいぶんきれいに剃毛したんですね〜。自分でやったんですか〜!?”と言われたので“いや、自分では難しいとのことで、Nさんがやってくれました”と言うと“あ〜っ、Nさんか‥”と意味深長なお言葉。曰く“前側だけで良いんですよ〜、横とか裏側は必要無いんですけどね‥”とのこと。
えっ、Nさんは何の意図があってこんなにツルツルに剃ったんだ‥ふと湧く疑問‥。
その後、しばしの沈黙があり“じゃ、浣腸しますね”と言いつつ、お尻をめくるようにしてゴム管挿入‥あまり気持ちの良い感じではない。
“暖かいから気持ち良いでしょう!!終わってから5分くらいは我慢してくださいね〜”と言いつつ1分くらいかけて薬剤注入完了。
“でも、男の人って、我慢できないんですよね〜、すぐに行っちゃうんだから‥”と、やはり意味深長なお言葉。
“あ〜っ、もうダメ!!”と3分も持たずトイレに直行。

“あ〜っ”とトイレで排出した直後、“出ました〜!?すぐに流さないで見せてくださいね〜”というSさんの声、ウソッこの状況を見るというのか!?
“便の状態を見たいので扉を開けてください”と言われ、素直に従う。
するとSさんは座ったままの私の股間を通してしげしげと見てから“まだ駄目ですね。一度流してから便座に立ったり座ったりを数回繰り返してください”とのことだ。
言われた通りすると、再びお腹がグルグルと来て、薬剤が出てきた。
“出たみたいですね〜、もう一度見せてください”とまたまた私の股間から便器の中を覗くSさん。
“う〜ん、もう1回スクワットしてください”‥すると再びお腹がゴロゴロしてきた。そして再び覗くSさん。“は〜い、もう大丈夫みたいで〜す”と明るい声。
やっとSさんから解放された。

いよいよ手術着に着替え手術室に向かう。
医療ドラマではベッドに寝かされた状態で運ばれるシーンをよく見るのだが、ここでは徒歩で向かう。緊張感が高まってきた。
手術室の前に行くと何故か若い女性たちが数人、ニコニコしながら待っていた。
そのうち2人は執刀医とその先生ということは分かったのだが、他の女性たちは初めて見る顔ぶれだった。どうやらチーム、らしい。

“私たち、失敗しないので‥”とでも言わんばかりの自信にあふれた顔ぶれに見えた。“よろしくお願いします”と言う私の手を取ると“では、こちらにどうぞ”と手術台に促された。
仰向けに横たわるや否や、最も若いと思われる女性が私のパンツをいきなり脱がせ始めた。“おいおい、そこから、始--め---る----の-----か------”この後、意識喪失。麻酔が速攻で効いてきたらしい。

目が覚めると病室のベッドの上だった。
“飯ヶ谷さん、気が付きましたか!? 手術は大成功ですよ!! 安心してください”という外科医の言葉、まずは一安心というところだった。
執刀したのは、やはり女性外科医のKさんだった。曰く“自分の腕前が上がったような気がしたオペでしたよ!。出血もほとんど無かったし、飯ヶ谷さんのお腹の中は大変綺麗でとてもカラフルでモニターでの視認性がとても良かったので、楽に手術できました”とのことだった。どうやら私の腹の中は黒くなかったようだ。またまた一安心。

執刀医の腕前は確かだったらしく、術後の痛みは無かった。
しかし、手術中に気管支に何か挿入されていたらしく、呼吸が苦しかった。
呼吸が楽になるはずのマスクが息苦しく、Nさんに別の装置に変えてもらったら、多少苦しさが少なくなった。
しかし、鼻で息は吸えるのに、鼻で吐けない。鼻で吸って口で吐く、という変則呼吸でナントカ息をするのだが、ウトウトするも眠れないまま一晩が過ぎるのを待つしかなかった。

手術よりも手術後がキツイとは聞いていたがコレなんだ‥と納得するしかなかった。
おまけに点滴、心臓モニター、呼吸装置、そしていつの間に装着されていた尿管カテーテル、これが一番嫌だった。自然と尿が排出されるとのことだが、どんどん尿がたまり、膀胱が破裂するのでは‥という感覚になった。
再び迷惑を省みずNさんにナースコールをして症状を言うのだが、その都度何やら操作して強制排尿を試みてくれて、多少は楽になるのだが、すぐに元通りの症状になってしまい、正直きつかった。

入院5日目
朝になってから喉の腫れも引いてきて呼吸が楽になってきた。
外科医の回診時に昨晩の状況を報告すると“う〜ん、仕方ありませんね、でも今日の昼頃になればだいぶ楽になってきますので、もうしばらく辛抱してください”とのことだった。
確かに、昼頃になると呼吸も安定してきて、尿道カテーテルにも慣れてきたらしく、苦しさはかなり軽減されてきた、良かった〜!!
その後、取り付けられていた各種装置も外され、だいぶ身軽になってきたのだが、思わぬイベント?が待っていた。そう、あの橋本マナミ似のS看護師の再登場なのだ。

“飯ヶ谷さ〜ん、昨日はお疲れ様でした。よく眠れなかったようですね〜
では最後に尿管カテーテルを抜きま〜す”と相変わらずの訳の分からない微笑みを浮かべながらのお言葉。
やはり膝下まで、と思ったら、下半身全部脱がされた。
“いきなり抜くと尿管が傷つく場合もありますから、少しづつ動かしてから抜きますね〜”ということで、私の上に仁王立ちみたいな姿勢を取り、左手で股間をさすったり揉んだりしながら右手でカテーテルの端を持ちグルグルと廻し始めた。
その動きが徐々に大きくなってきた時“じゃ〜抜きますよ〜”と言った直後、思いっきり右手を大きく動かしてズボッと抜いた。一瞬ちょっとした激痛があった。

カテーテルということで、ただの管だけだとおもったら、何やら小さな風船みたいな部品?やら、いろいろに形のモノがゾロッと出てきた。
“えっ、そんなに大きなモノが入っていたんですか!?”と聞くと“そうですよ〜”とたった一言。
続いて“飯ヶ谷さ〜ん、いまオシッコ出ますか?”と聞いてきた。何やら嫌な予感‥‥。
“はいっ、出せというなら出せそうですけど‥‥”と言ったら、“では一緒にトイレに行きましょう”だと‥。
“あっそうだ、飯ヶ谷さん前立腺肥大、ありますか〜!?あると血尿が出る時がありますから‥”
“いえ、検査したことないけれど、たぶんないと思いますけど‥”と言ったら、やおら薄い手袋を左手にしたと思いきや、いきなりお尻に指を突っ込んできた。
“あっ”と声を出したら、“そんなに喜ばないでくださいね〜‥うんうん、あったあった‥うん、肥大は無いようですね!”だと‥‥。

その後トイレに行ったのだが、思うように尿が出ない。
カテーテルを入れていた後は出しづらいとのこと。2〜3分したら、なんとか出そうになってきた。
“あっ、出そうです”と言ったら、“慌てないでくださいね、しばらくはヒリヒリするような痛みを伴いますから‥慌てず力まずに出すようにしましょう!!”とのこと。
やっとチョロチョロ出てきたのだが、確かにヒリヒリする痛みがあった。
おっとそうだった、Sさんにじっと股間を見つめられたままでの排尿。痛いのと恥ずかしいのとで複雑な気分になってしまった。昔、ギタリストの先輩の話にあったピンクキャバレーでのトイレの話に似た風景なのか‥?
“だいじょうぶですね、血尿ではありません。あと何回かは排尿時に痛みを伴うと思いますので、あまり力まずに排尿するようにしてくださいね〜”という言葉を後にして立ち去ったSさん、やはりプロだ!! またまた、妙に感激してしまった。

久々の食事(5分粥)も、なぜか残してしまった。
胃の手術でもないのに胃袋が小さくなった感じだ。たぶん絶食が効いているのだろう。

入院6日目
 手術跡の痛みは、やはり無い。これだけでも幸運らしい。
呼吸も普通になり、食事も普通になったのだが、食べられる量が少ないまま。
ちょっと気になったので回診時に先生に尋ねたところ、“大丈夫です、その時に食べられる量だけ食べていれば、体が必要とする量は入るようになりますよ!ダイエットにもなるのでちょうど良い、と考えるようにしてください”とのことだった。

しかし、理由は分からないが、術後、何人かの医療スタッフ?と思われる、それも女性ばかりが来て“飯ヶ谷さ〜ん、お疲れ様でした。私はXX科のXXと言います。ちょっとお腹の音を聞かせてくださ〜い”と言うので“よろしくお願いします”と言うと、いきなりパンツごとパジャマを一気に膝下までズリッと下してから聴診器をお腹に当て、アチコチの音を探るように聞いて来る。お腹の音を聴くのに、ナンデ股間をさらさなければいけないのか‥‥訳が分からない。
手術後、少なくとも10人以上の女性スタッフ?たちが来た。なんでだ〜!!

しかし、あまりにも順調な回復ぶりに担当した外科医、内科医が“回復が順調すぎるくらいですね。これなら飯ヶ谷さんの感じで、いつ退院しても構いませんよ!!”というありがたいお言葉を受けて、さっそく翌17日に退院することになった、という次第。
でも、しばらくは自宅でゴロゴロしながら回復を待つ生活にしてください、ということだ。

しかし、手術入院生活と言うのは、究極の非日常だということを確認させられた日々だったような気がする。
もし、お腹の手術をすることになったら、いろいろと覚悟が必要ですね。
長文、失礼しました<(_ _)>
posted by 羊飼い at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記