2017年08月21日

第26回新人公演選考にあたって-ギター編

 2017年8月18日から20日の3日間に催された新人公演のうち、19目のギター編について感想を書いておこうと思う。
なお予め、あくまでも私の個人的な感想であることをお断りしておきます。

結果から書けば、2番目に演奏された森谷忍さんが奨励賞を受賞されました。
ほとんどの選考委員(もちろん私も‥)が推薦しました。たぶん、奨励賞受賞者としては最高齢なのでは‥と思います。

ギターの部は全部で7名の出場でしたが、その中では森谷さんの演奏が最も優れていたことは紛れもない事実でしょう。
過半数の選考委員が同様の判断でした。
確かに古い、難しいテクニックは使っていない、地味、そして、えっ?‥なんで?‥というところもあるにはあったのですが、ウソ、ハッタリが無く、ひとつひとつの音を“噛みしめる”ような気遣いのこもった弾き方に、好感を持ったというのが正直なところです。そして、奨励賞に値する、という判断に至った最大の理由です。

ところで、森谷さんからすれば息子同様?の世代の他の出場者についてですが‥‥ちょっとキツイ言い方になってしまうかもしれませんが、ご了承、並びにお許しを願います。

まず、“ギターには興味がないお客さんが多い店?”で、お客さんの注目を集める、いわゆる“掴み?”を得るために大きな音のラスゲアードから入る‥‥これは逆効果になってしまう危険性があるようです。
というのも、選考委員たちは最初から注目していますからね。それも、一音一音細かなところまで“耳をカッポジって”聴き入っているわけです。
もちろん掴みの後で、バシッと細かな部分まで弾ければ良いのですが、音が弱かったり、不鮮明なアルペジオやスラー、そして立ち上がりの良くない単音などを弾かれると“イラッ”としてしまうことになりやすいのです。結果、減点‥‥。

カンテで言う行末のシメ感キメ感、そしてファルセータのリズムの抑揚感、更にメカの切れ目や左手のポジション移動時の最後の音などがハッキリと出ていない‥‥結果、減点‥‥。

メカの音量差があり過ぎて、リズムもメロディーも耳を通り過ぎてしまう?、否、入って来ない‥‥結果、やるだけ無駄‥‥。
アクセントを利かせ過ぎた右手親指によるゴルペ入りの単音や和音の使い過ぎ‥‥1本調子にしか聞こえないし、ほとんど雑音にしか聞こえない‥‥結果、減点‥‥。

最も気になったことが、コンパスの理解、えっ?、あれっ!‥‥という感じが強かった。
日本人特有の頭乗りだらけのリズム、そして基本とも言えるポリリズムの理解不足(特にブレリアで)‥‥結果、減点‥‥。

もし、今風のメカを使うとか、音数が多いカッコ良いファルセータなどを弾く場合には、自分で思っている以上の集中力と気遣いと度胸などが必要になります。
音数が増えれば増えるほど、気遣いが何倍にも必要なのです。音数は増やしても気遣いが薄まりやすいようです。結果‥‥不鮮明な音‥ミスの誘発‥ゴマカシ‥ということになりやすいようです。
ノリや勢いや開き直り程度では破綻をきたすだけになりやすいことを知っておいて欲しいと思います。
また、ハッタリは簡単に見抜かれてしまいます。分からない客ばかりの店で弾くこととは違いますからね。

更に、良く言われることですが、伴奏の延長にソロがある‥‥なんていう時代ではなくなっています。少なくとも本場では‥‥。
いずれにしても、素直な謙虚な心で励んで欲しいと強く感じてしまいました。

そんな中、5番目にグァヒーラスを演奏してくれた和田健さん、とても素晴らしいセンスの持ち主ではないか、と感じました。
ただ残念なことに音が弱く感じられてしまいました。緊張からのことなのでしょうか‥‥!?
これからに期待してしまいたくなる方でした。頑張って欲しいと思います。

以上が私の正直な感想です。

ところで、リズムやコンパスの理解が“日本固有のガラパゴス的”な理解になってしまっていることが気がかりです。特にブレリアやシギリージャで‥‥なんとかならないんでしょうか‥‥!?

なんて偉そうなことを書いてしまいましたが、私自身、若い頃はしょっちゅうコケた演奏をしていたものです。気遣いが薄まっていたことが最大の原因でした。本場の某ギタリストから再三注意を受けていたのですが、聞く耳を持っていなかった馬鹿者だったんですね。恥ずかしい限りです。

“ひとつの音をふたつに増やしたら、気遣いも倍にしなければだめだよ!!”と再三言われていたのですが、2つにしたら気遣いが半分になっていたようです‥‥凡人の哀しさですね。
いっそ、小難しいことは止めよう!、と思った時期もありましたが、“お前は過去に生きたいのか!?”と怒鳴られたり、パコ・デ・ルシアのギターを聴くと“やっぱり今の自分を生き、今の時代を生きよう!!”と強く思いましたね。
おかげて、自分を追い込むこと40数年、未だに修行は終わりません‥‥凡人の哀しさです。

最終的には、自分が納得できることを、自分の好きなように弾けば良いのでしょう。

“自分には正直に弾きなさい、そして生きなさい”‥‥というメルチョール・デ・マルチェーナ氏の言葉が、今の私の座右の銘にもなっているようです。

今後の若手に期待したいと思います。

posted by 羊飼い at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記

2017年07月29日

NHKからの電話

 昨日の昼過ぎに、突然NHKからの電話があった。

だいぶ昔の札幌時代のことなのだが、“音楽大陸・北海道”という番組で、アノ西城秀樹さんをメインゲストとした音楽番組があったのだが、何故か私も出演してギターを弾いたことがある。
たぶん全国放送ではなかったと記憶しているのだが‥‥。
 
一世を風靡したフリオ・イグレシアス氏の息子さんのエンリケ・イグレシアスさんが歌って世界的なヒットとなった『Bailamos(バイラモス)という曲を西城さんがカバーして歌っていたのだが、その中で、どうしてもフラメンコギターの音が欲しい、ということで、当時やはり突然NHKさんからの連絡で出演することになった。
他のミュージシャンたちは東京から来ていたのに、なぜかフラメンコギターだけは現地調達?だった。

普段は譜面などは使わないフラメンコなのだが、この時は譜面が渡された。
ホピュラー系の歌のバックの演奏、つまりカラオケ風の伴奏の場合の譜面は、音符よりも文字が圧倒的に多い。
コードネームと、大体のリズム譜、そしてモード指定のアドリブの指示‥‥。
たぶんクラシック系の音楽しかやっていないミュージシャンには読解不可能?だろう。
やはり時代はジャズが基本、ということなのだろう。

私も20代の前半あたりから、音楽関係の知人たちから“飯ヶ谷君、やるやらないはともかく、音楽の基本としてジャズの基本的なことは勉強しておいた方が良いよ!!”と、しつこく言われていたので、仕方なく?アレンジもやっていたキーボード奏者に習うことにした。
コードとコードスケール、コード進行の基本と代理コードの使い方、分数コード、そしてモードについて‥‥等々。
なかなか実感とした理解ができなかったことを覚えている。
頭では理解できても、自分のギターの演奏での応用になると、なかなか難しく感じていた。
しかし、こんな程度でも経験しておいたお陰で、いつの間にかスタジオミュージシャンたちが使う譜面が、なんとか理解できるようになっていた。

前置きが長くなってしまったが、なんとこの時の番組の一部が収録されたDVDが発売されることになり、映像使用の許可をお願いしたい、ということだった。
もちろん気持ち良く承諾。更にギャラも発生するとのこと、そして後日このDVDも送ってくれるとのことだった。楽しみ〜!!
昔の資料を探してみたら、画像が悪いが当時の静止画像が出てきたのでアップしておく。懐かしい〜、髪の毛がある!!

札幌時代の一コマ、です。

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posted by 羊飼い at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記

2017年07月20日

不条理‥‥!? その2

不条理‥‥!? その2、です。

トシのせいか、キレ易くなっているのかもしれないが(苦笑)、報道に疑問を感じることが多いような気がする。

埼玉県所沢市の小学校で、男性教師が4年生の男子児童に「窓から飛び降りなさい」などと迫り、過去には体罰を加えたこともあったという問題。教師側に責があると報じられているが‥‥
ぜひ、下記にアクセスして全文を読んで頂きたいと思います。

https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0720/blnews_170720_7018274839.html

ただ、どちらが真実なのかはハッキリとはしないのですが、少なくとも平等な報道、正確な記事を書くことが真のジャーナリズム、メディアだと思うのだが、一方的な取り上げ方をしているように感じられる。
正しく印象操作以外の何物でもないだろう。

当の先生は、正直なことを言っても言い訳や言い逃れ、責任転嫁としか受け取られかねないと思い、早々と謝罪してしまったようにも感じる。
もし、クラスメートの言葉が真実だとしたら‥‥アホでダメなヤツが正義、被害者となってしまい、ますますヘンなヤツが幅を利かせる世の中になってしまう気がする‥‥恐ろしい‥‥!?

除夜の鐘がうるさい、幼稚園や保育園の子供たちの声がうるさい、最近は風鈴の音がうるさい‥‥とかクレームをつける住民が増えているとか‥‥世も末ですね。
日本人の持っていた遠慮、思いやり、もったいない、お互いさま‥‥の精神は無くなってしまったのでしょうか‥‥!?

あるカンテ・フェスティバルでの話し‥‥
メルチョール・デ・マルチェーナ先生が、楽屋でハンカチとかスポンジを消音装置?として練習をしていたので“どうしてバリパリ弾かないのですか!?”と尋ねたら“他の人たちの迷惑になってしまうだろう!? 遠慮の精神を忘れてはいけないんだよ!!”と教えてくれました。この他者への心遣いが、あの素晴らしいカンテ伴奏に繋がっているんですね。

ところで今の日本のフラメンコ関係者の楽屋では、ほとんどの人たちが消音させずにバリバリと練習しています。自分をアピール‥‥なんて気持ちからなのでしょうか!?
そんなアメリカ的な発想は、フラメンコの精神とは馴染まないと教えられた私としては、哀しさだけがこみ上げてきます。
古い人間なんでしょうね‥‥たぶん‥‥。
posted by 羊飼い at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記