2017年08月21日

第26回新人公演選考にあたって-カンテ編

 続いて、20日のカンテ編について書いてみます。

結果的には6番目にシギリージャを唄ってくれた松橋早苗さんが奨励賞を受賞されました。
ちなみに、昨年も出場されていたのですが、松橋さんに票を入れたのは私だけでした‥なんでだ!?
しかし、今回は昨年の減点対象?になっていたことのほとんどを修正できたようです。
過半数の選考委員の推薦で、見事に奨励賞受賞ということになりました。

何が良かったのか‥‥!?
1.わざとらしいところや演技をしている感が無い。
2.しわがれ声風?を無理して演技して出そうとする無駄な試みが無い。
3.無理して大声を出そうとしていない。大声コンテストではありませんから‥‥。
4.息の使い方(加減速?)が丁寧になされている。これは行末のキメ感等に大きく影響を与えます。
5.子音の発音が素早いし、母音で唄おうという気遣いが感じられる。
6.音程の不安定さが大幅に修正されていた。

‥‥というところでしょうか。
他の出場者の方とは格段に違っていたように感じたので、奨励賞に値するという判断に至りました。

毎年同じように事ばかり書いている気がするが、カンテもギターも踊りも、大きな音で盛り上げようとすることは、無駄な策略?と思った方が良いと思います。
真正面から自分の持っている技術の最高レベルを、細心の注意と大きな度胸を持ってぶつかる‥‥ということが、結局は自分でも納得できるのではないでしょうか!?
昔から言う“繊細且つ大胆”ということなのでしょうね。
結果を狙いすぎても、ダメな時はダメなようですから‥‥。

以上が私の正直な感想です。

私たち外国人にとってバイレやギター以上に難しいカンテ、それに果敢にも挑戦を試みる勇気に感服してしまいます。
素晴らしい!!

ちなみに、個人的な好みですが、ニーニャ・パストーリやチャロ・マンサーナさんみたいに唄う人が出てくれたら超嬉しいのですが‥‥(^-^)

posted by 羊飼い at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記

第26回新人公演選考にあたって-ギター編

 2017年8月18日から20日の3日間に催された新人公演のうち、19目のギター編について感想を書いておこうと思う。
なお予め、あくまでも私の個人的な感想であることをお断りしておきます。

結果から書けば、2番目に演奏された森谷忍さんが奨励賞を受賞されました。
ほとんどの選考委員(もちろん私も‥)が推薦しました。たぶん、奨励賞受賞者としては最高齢なのでは‥と思います。

ギターの部は全部で7名の出場でしたが、その中では森谷さんの演奏が最も優れていたことは紛れもない事実でしょう。
過半数の選考委員が同様の判断でした。
確かに古い、難しいテクニックは使っていない、地味、そして、えっ?‥なんで?‥というところもあるにはあったのですが、ウソ、ハッタリが無く、ひとつひとつの音を“噛みしめる”ような気遣いのこもった弾き方に、好感を持ったというのが正直なところです。そして、奨励賞に値する、という判断に至った最大の理由です。

ところで、森谷さんからすれば息子同様?の世代の他の出場者についてですが‥‥ちょっとキツイ言い方になってしまうかもしれませんが、ご了承、並びにお許しを願います。

まず、“ギターには興味がないお客さんが多い店?”で、お客さんの注目を集める、いわゆる“掴み?”を得るために大きな音のラスゲアードから入る‥‥これは逆効果になってしまう危険性があるようです。
というのも、選考委員たちは最初から注目していますからね。それも、一音一音細かなところまで“耳をカッポジって”聴き入っているわけです。
もちろん掴みの後で、バシッと細かな部分まで弾ければ良いのですが、音が弱かったり、不鮮明なアルペジオやスラー、そして立ち上がりの良くない単音などを弾かれると“イラッ”としてしまうことになりやすいのです。結果、減点‥‥。

カンテで言う行末のシメ感キメ感、そしてファルセータのリズムの抑揚感、更にメカの切れ目や左手のポジション移動時の最後の音などがハッキリと出ていない‥‥結果、減点‥‥。

メカの音量差があり過ぎて、リズムもメロディーも耳を通り過ぎてしまう?、否、入って来ない‥‥結果、やるだけ無駄‥‥。
アクセントを利かせ過ぎた右手親指によるゴルペ入りの単音や和音の使い過ぎ‥‥1本調子にしか聞こえないし、ほとんど雑音にしか聞こえない‥‥結果、減点‥‥。

最も気になったことが、コンパスの理解、えっ?、あれっ!‥‥という感じが強かった。
日本人特有の頭乗りだらけのリズム、そして基本とも言えるポリリズムの理解不足(特にブレリアで)‥‥結果、減点‥‥。

もし、今風のメカを使うとか、音数が多いカッコ良いファルセータなどを弾く場合には、自分で思っている以上の集中力と気遣いと度胸などが必要になります。
音数が増えれば増えるほど、気遣いが何倍にも必要なのです。音数は増やしても気遣いが薄まりやすいようです。結果‥‥不鮮明な音‥ミスの誘発‥ゴマカシ‥ということになりやすいようです。
ノリや勢いや開き直り程度では破綻をきたすだけになりやすいことを知っておいて欲しいと思います。
また、ハッタリは簡単に見抜かれてしまいます。分からない客ばかりの店で弾くこととは違いますからね。

更に、良く言われることですが、伴奏の延長にソロがある‥‥なんていう時代ではなくなっています。少なくとも本場では‥‥。
いずれにしても、素直な謙虚な心で励んで欲しいと強く感じてしまいました。

そんな中、5番目にグァヒーラスを演奏してくれた和田健さん、とても素晴らしいセンスの持ち主ではないか、と感じました。
ただ残念なことに音が弱く感じられてしまいました。緊張からのことなのでしょうか‥‥!?
これからに期待してしまいたくなる方でした。頑張って欲しいと思います。

以上が私の正直な感想です。

ところで、リズムやコンパスの理解が“日本固有のガラパゴス的”な理解になってしまっていることが気がかりです。特にブレリアやシギリージャで‥‥なんとかならないんでしょうか‥‥!?

なんて偉そうなことを書いてしまいましたが、私自身、若い頃はしょっちゅうコケた演奏をしていたものです。気遣いが薄まっていたことが最大の原因でした。本場の某ギタリストから再三注意を受けていたのですが、聞く耳を持っていなかった馬鹿者だったんですね。恥ずかしい限りです。

“ひとつの音をふたつに増やしたら、気遣いも倍にしなければだめだよ!!”と再三言われていたのですが、2つにしたら気遣いが半分になっていたようです‥‥凡人の哀しさですね。
いっそ、小難しいことは止めよう!、と思った時期もありましたが、“お前は過去に生きたいのか!?”と怒鳴られたり、パコ・デ・ルシアのギターを聴くと“やっぱり今の自分を生き、今の時代を生きよう!!”と強く思いましたね。
おかげて、自分を追い込むこと40数年、未だに修行は終わりません‥‥凡人の哀しさです。

最終的には、自分が納得できることを、自分の好きなように弾けば良いのでしょう。

“自分には正直に弾きなさい、そして生きなさい”‥‥というメルチョール・デ・マルチェーナ氏の言葉が、今の私の座右の銘にもなっているようです。

今後の若手に期待したいと思います。

posted by 羊飼い at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記

2017年08月13日

ピカード(picado)の特訓−その3

 ピカード(picado)の特訓−その3、です。

picado(ピカード)という言葉の意味は“細かくかる、みじん切り”という意味があります。
つまり“細かく分割する”という考え方が大きく関係してきます。
とかく日本を初めとする外国人ギタリストは“鋭い、突き刺す‥”的な意味合いで解釈している人が多いのですが、これも“大いなる誤解”の一つなのです。
強くて鋭い音を出そうとして指をバタバタと弦に叩きつけるように弾いてしまいがちですが、これでは汚い音が出るだけです。すぐに改めましょう。

ということで、ビカードの正しい理解として、今回は“分割”という感じ方について考えてみたいと思います。
また、この考え方は他のメカにも共通する部分がありますので、しっかりと丁寧に理解・実感するようにして欲しいところです。

“そんなことはフラメンコの魂には関係ない!!”と感じる人も多いかと思いますが、もっと気持ち良く心の赴くままに指をコントロールしたい、もっと指を動くようにしたいと考えている方は、ぜひ取り組んでみてください。効果絶大!です。

ここからは譜面を見ながら読んでください。

picado-3.JPG

1.
 何のことのない全音符です。
ただし、音が出た瞬間に指の力を抜いたり緩めたりは絶対に禁物です!!
参考までに良い例と悪い例の動画をサービスとして付けてみました。参考にしてください。
     ※サイレントギターで弾いてます<(_ _)>

ビカードの特訓やアポヤンドの秘密のところでも説明していますが、音が出た瞬間に力も意識も無くなることが、指の動きを阻止していることを理解してください。
音を響かせる、音に魂を吹き込むということは、音を出す瞬間ではなく音を出すための“動き”そのもの、ということを理解・実感することが最重要なのです。でないと弾いてるつもり、弾けているつもりの“つもりの世界の住人”になってしまいます。素直に謙虚になりましょう!!

ということで、全音符の長さの間、音を出してからもアポヤンドの状態は崩しません。
何度もしつこくて恐縮ですが、このようなしっかりとしたアポヤンドをやろう、という強い意志で弾くことが“普通のアポヤンド”ということです。この精神?が集中力に繋がっていくようです。
単なる“乗り”では興奮はしても集中は難しいようです。

2.
 1.の全音音符を4つに“分割”したものです。
ということは、全音音符を弾いて音が響いている間に入っている手・手の平・手の甲などの力と意識が抜けたり弱くならない状態のまま、4つの4分音符を弾かなければいけません。
これが意外と難しいものがあります。勘違いしやすい部分かもしれません。

1拍づつ力が抜けたり入ったりしては、1拍子が4つある、という感じで響いてしまいます。
細かいことと思わないでくださいね、最も重要なことですから‥‥。
1拍を4つ弾いて4/4という感じ方ではなく、1つの全音音符を4つに分割している、という感じ方です。

これはフラメンコだけでなく、音楽としての絶対に不可欠な感じ方です。
これが理解・実感・実践が出来ていないと、音楽にもフラメンコにもなりません。ただの“ギターを使った雑音の羅列”になってしまいます。気を付けましょう。

3.
 これはさらに細かく8分割されたモノですね。
力の持続が、即、リズムや音の流れを作ると考えてください。
カンテでいえば、息継ぎみたいなことと考えましょう。一声出すたびに息継ぎしていてはカンテになりまらんね。

歩くことで考えれば、一足ごとに脚や腰の力が抜けたり弱まったりしては、まともに歩けないと思います。走る場合には、なおさらですね。
でも、ギター、特にフラメンコギターを弾いている人を見ると、指の一つの動きで音が出るたびに力と意識が抜けてしまったり弱くなってしまっているのを、頻繁に見ます。結果、“一音に魂を入れているつもりで”音がデカいだけで説得力も無いし、そもそも指が動かない‥‥哀しい現状のようです。

4.
 同様に3連符を使った例です。
余裕のある人は様々な“分割”で練習してみてください。
運が良ければ“何らかの閃き?”を得られ、突然指が速く動き出すと思います。

5.
 しかし、何事にも好みもありますので、指が速く動けば良いというものでもないのですが、現代のフラメンコギターの世界の標準?ということで、動画付きで紹介するのがこの6連符、です。
このくらいは誰にでも弾けるはずのレベルです。本場に行けば素人さんでもゴロゴロいますからね。
日本でもこのくらいはゴロゴロと居て欲しいところです。何しろ67歳の私でも軽くできていますので‥‥(聞きようによっては、感じ悪い表現ですね‥‥<(_ _)>)



あくまでも標準レベル、ということで目指してください。
とっくにできているよ!!という人がいたら、ご一報ください。
良かったら、一緒に気持ち良いことをしませんか!? 低給優遇?しますよ!!(^^ゞ
posted by 羊飼い at 12:07| Comment(0) | TrackBack(0) | フラメンコ処方箋