2017年02月22日

アポヤンドの秘密-2(作用と反作用)

 何やら物理の超入門編のような書き込みになってしまいます。
心の世界でも言われる“作用と反作用”ですが、アポヤンドでも重要なポイントになります。
ちなみに、これは本場の某ギタリスト(事情により匿名)に指摘されたことの受け売りです、まずは、ご了承ください。

さて、何事もしなければ何事も起きません。当たり前ですね。
何かしらのエネルギーを対象に与えた時、同じ大きさのエネルギーを受ける‥‥ということですね。(但し、本物の物理に詳しい人は別のことを言うかもしれませんが‥!?)
あくまで基本的な感じ方・考え方として理解してください。
また、対人関係においても、この作用・反作用の原理が働くそうです。
某怪しい宗教でも同様のことを言っていましたね。

ま、それはともかく‥‥
例えば@弦に弾弦のためのエネルギーを与えたとします。
その時、アポヤンドしたA弦から同様のエネルギーが指先に与えられることになります。
勿論、厳密に言えば@弦の抵抗によって、多少はエネルギーの低下・軽減はあるのですが、反作用のエネルギーを指先で感知できるかどうか‥‥ということが重要なポイントになります。

かなり以前からネット講座でも普段のレッスン時でも“フォロースルーをしっかり‥”という助言をしているのですが、なかなか実感できる人が少ないのが哀しい現状です。
この“フォロースルーをしっかり‥”ということが作用・反作用を感知・自覚するためには不可欠なのです。
野球のバッティング、ピッチングや、ゴルフのスィングでも言いますね!!。
ギターの弾弦でも同様なのです。

音が出た直後に力が弱くなったり、力が抜けてしまう人が多いのは、この“フォロースルー”が弱かったり小さかったりするのが原因のほとんどのようです。
結果、音に説得力がない、音は出ても響かない、そして“指の動きのスピード感”が足りなくなってしまうようです。

昔、天才肌のクラシックギタリストのW氏が“瞬間弾弦、そしてハッキリと弦を掴んでください”といろいろな場で指摘していましたが、まさに作用・反作用をしっかりと感知・自覚してください、ということだったようです。
まさかフラメンコギタリストからも同様のことを指摘されるとは‥‥考えても見ませんでした。

以後、基本的、且つ本当のアポヤンドを身に付けるべく、毎日5〜6時間のアポヤンドだけの練習に明け暮れました。
すると、メトロノーム(昔のアナログタイプ)の重りが、どんどんと下げてもハッキリと弾けるようになりました。
つまり、速く弾けるようになったということです。

初めは2連符?、そして弾けるようになったら重りを下げていき、一番下のところでも弾けたら、元に戻して今度は3連符、それでも弾けるようになったら4連符‥‥そして、ついに重りを外しての4連符が弾けるようになった時、このアポヤンドを教えてくれた某ギタリストに食事を奢りました。といっても貧乏でしたから大した食事ではなかったのですが、彼は大いに喜んでくれました。

という私の経験から言うのですが、某ギタリストの言ったこと、そして天才肌のクラシックギタリストのW氏が言っていたことは間違いなかったと実感しています。
もし、出すだけ、出るだけのアポヤンドを“響く”アポヤンドに変えたい、そしてビカードを気持ち良く弾きたいと思っている方は、ぜひ“作用・反作用”の原理を弦上で実感できるような練習をしてみてください。

“どんな練習をすれば良いのか‥‥!?”と尋ねられても‥‥困ります。
一応、企業秘密ですので、ここでは具体的な練習方法は書けません!!<(_ _)>
しかし、ちょっと頭と指先の感覚に集中すれば、誰でも弾けるようになることは間違いありません。ただ、ちょっとばかり面倒かもしれませんね。

健闘を祈ります。

posted by 飯ヶ谷 守康 at 18:48| Comment(0) | TrackBack(0) | フラメンコ処方箋

2017年02月03日

今更ながらの‥ラスゲアードの基本

 ひたすら弦に爪を当てて指を動かせば、ジャラジャラとラスゲアードができます。
しかし、自分の好みの音が出るようになるまでは、ちょっとばかり時間がかかりますね。
さて、ここで“今更ながら”ラスゲアードの基本について復習してみましょう。
そもそもラスゲアードの意味?、使い道としては次の2通りが主なモノになると思います。
(特殊な使い道は省略!)

1.リズムを表現する
2.コードの響きを持続させる

また、その時の気分、形式によって強く弾いたり、軽く弾いたり‥と様々な弾き方・音に変化するのは当然のことと思います。
ここでは“超基本”の指の動かし方だけ取り上げてみたいと思います。
しつこいですが、気分、形式、TPOは無視、ということで了解してください。

私が大昔日本で習った、覚えたラスゲアードが下記の構え方でした。
mal-1.jpg mal-2.jpg

この状態から“弦に爪をぶつけるように”弾くのがラスゲアード、だとさ‥‥。
このような“構え”では、悪い意味で画一なラスゲアードの音しか出てくれません。
いくら強弱、つまり力をコントロールしたとしても、金太郎飴的なラスゲアードの音しか出せません。
心とは全く連動しないのです。
何の疑いも持たず、日々ガチャガチャ、ジャラジャラとラスゲアードの練習をした日々が呪われる。

当時、入手できた数少ないレコード(CDなんて無い時代の話!)の音を聞いて感じたのだが、自分の音とは別次元に感じた。
“う〜ん、もっと練習すれば、メルチョールさんやパコ・ペーニャさんのようなラスゲアードができるんだろうな!?”‥‥という、全くもって大きな勘違いをしていたのが悔やまれる。

後に、スペインに修行に行った時、某舞踊スタジオに出入りしていたプロのギタリスト、そしてプロを目指していた準ギタリスト?たちから“お前、ヘンなラスゲアードしているな!!”と言われてしまった。

--途中省略--

そして、皆から教えてもらった正しいラスゲアードの基本的な指の使い方・動かし方をご紹介しましよう。

rasgueo.jpg ※写真をクリックすると動画が見られます

これがラスゲアードの“絶対基本”の動かし方、だそうです。
この動かし方に気分、形式による感じ方が加わることで、様々なラスゲアードに変化していく、ということです。

例えば、怒りや不条理を感じた心でラスゲアードをするとしたら、指先・爪が弦から少し離れたところから“叩く”ような動かし方になったり、指の動かす幅が変化したり‥‥いろいろな“心の状態と連動した”ラスゲアードができるようになります。

また、別の言い方をすれば、ラスゲアードの基本として次の2通りに分けて考えることもできる、ということでした。

1.擦るラスゲアード
2.叩くラスゲアード

“擦るラスゲアード”は、最も基本的なモノで、“サラ〜ッ”としたラスゲアード。
“叩くラスゲアード”は、心に“怒り”等の感情が湧いた時に、弦に対して気分を叩きつける(ぶつけることとは別)、という時に良く使われる、とのことでした。
シギリージャスやブレリアスのキメなんかで使われますね。

いずれにしても、方法論としてではなく、心の表現によって、様々なラスゲアードがあるということです。
その為には、基本的な“擦るラスゲアード”が出来なくては話にならない、ということでした。

ひたすら練習してみると“おっと、レコードで聴いたことのあるラスゲアードみたいになってきた”‥‥という結果になりました。メデタシメデタシ‥‥。

ラスゲアードに悩んでいる方、ぜひお試しください。
悩んでいない方は‥‥無視しましょう(^.^)

posted by 飯ヶ谷 守康 at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | フラメンコ処方箋

2017年02月02日

ある天才の死

 だいぶ昔の話だが、私を慕ってフラメンコギターを習いに来ていた青年が自殺した。

私が1回目のスペイン修行を終え、帰ってきた頃、ふと知り合った先輩ギタリストのコンサートを手伝ったことから、この話は始まった。
その先輩曰く“飯ヶ谷君、手に負えない生徒がいるんだが、教えてやって欲しい!”とのことだった。
しかし、私は帰ってきたばかりで、本場で習ったこと、知ったこと、そして経験したことなどの整理もできていなかったので“いえいえ、僕では役不足ではないですか!?”と答えるしかなかった。

後日、先輩とその生徒さんが一緒にが来て、紹介してくれた。
なんと、まだ中学生になったばかりだという‥‥。
“じゃ〜ね〜、普段の練習風景みたいに、何かちょっと聞かせてくれるかな!?”と言ったところ、いきなりブレリアスを弾き始めた。
おっと、僕よりもコンパス感が良いかも‥‥!?

結局、未整理の情報でも良いので、私が本場で身に付けたことを“受け売り”状態で伝える、ということで私のところでレッスンをすることになった。
フラメンコを始めて2〜3年程度だというが、どう聞いても10年くらいは弾いている感じにしか聞こえない。生まれつきのセンスなのか‥‥!? 第一の疑問、だった。

週1回、1時間前後の譜面を使わずのレッスンなのだが、覚えが速い!!
一度ゆっくり弾くだけで、どんどん覚えていく‥‥なんで‥‥!? 第2の疑問、だった。

次のレッスンの時には、先週教えたことを、ほぼ完璧に弾いてくる。
難しい部分も“ここんところ、弾きづらくない? 難しく感じない?”と尋ねると“はい、最初はそんな感じを受けましたが、何回か弾いているうちに感じなくなりました”だと‥‥。
更に突っ込んで尋ねると“なんか、こういう感じで指を使うと、弾けるような気がするんです”だと‥‥。
教えてもいないことに気が付くらしい‥‥。第3の疑問、だった。

翌年、私のコンサートでバックを務めてくれるギタリストを探し始めた時、“先生、僕じゃダメでしょうか!?”と言ってきた。ま、ただリズムだけ弾くだけでもいいから‥‥ということで、思い切って第2ギターを頼んでしまった。
コンサートの練習を普段のレッスンと並行して始めてから気が付いたことだが、私が弾くファルセータやリズムに、どんどんと付いてくる。
初めて聴くファルセータなのに、なんで合わせられるのか‥‥第4の疑問、だった。

そのことを彼に尋ねたら“先生の音やリズムのパターン、そしてクセが、なんとなく分かってきたみたいです。
だからなんでしょうね、きっと‥‥”だと。
音楽のパターンを素早く見抜く、いや、感じる能力が抜群のようだ。‥‥第5の疑問だった。

いよいよ本番が近づいてきた頃“先生、もっとバシッと弾いてくださいよ!! 多少リズムが崩れそうになっても、合わせますから、思い切って弾いてください!!”と彼に言われてしまった。何という余裕だ‥‥第6の疑問、だった。

あまりにも簡単に弾いて来るので、かなり難しいセカンド・パートを要求しても、ほぼ完璧に弾いてくる。逆に私があおられてしまいそうになることもあった。
どっちが先生で、どっちが生徒なんだか、聴いている人は混乱するだろうな〜と感じることもあった。
う〜ん、経験や年期ではなく、やはりセンスや才能が全てなんだな〜と、強く感じされられる生徒だった。
たぶん、コイツは、いわゆる天才なのかもしれない‥‥と、強く感じ始めた私であった。

レッスン中に、“ある事”に気が付かなくては絶対に弾けない課題を幾度となく与えたことがある。
心の中で“フフフッ、今度は弾けないだろう!”と心の中でイタズラな笑いを楽しんでいた。
しかし、1週間後の次のレッスンには、ささやかな私の期待は裏切られ、みごとに完璧に弾いてきた。
“このファルセータは、今までと違って“ある事”が必要なんだけれど、何だと思う!?”と尋ねると、
“たぶん-XXXXX-を感じられるかどうか、ということだと思います”と、あっさりと正解を答えた。
なんで一度も教えたことがないことに気が付き、たった1週間で出来てしまうのか‥‥第6の疑問、だった。
と同時に、やはり、コイツは天才なんだな〜と、更に強く確信を得た瞬間だった。

他にも、いろいろな疑問・刺激・才能を感じさせてくれる生徒だった。
“将来はプロ・ギタリストになりたい”ということだったので、ご両親の了解を得て、中学校卒業後、すぐにスペインに行かせた。
もちろん、いきなりのスペインは大変過ぎると思ったので、たまたま来日していた某男性振付師や、エル・フラメンコに仕事で来ていた知り合いのギタリスト、踊り手、唄い手さんたちを紹介したところ、“そうか、スペインに来るのか、では一緒にフラメンコをやろう!”と快く彼を引き受けてくれた。

1年経ったころ、彼からの手紙に“微妙な心境の変化”を感じ、心配になったのでスペインに様子を見に行くことにした。
久しぶりに会ったのだが、いろいろと話を聞くところでは、スペインでのフラメンコ修行は上々のようだった。
私の杞憂だったな〜!と安心した次第。
それに、前述の某男性振付師や、ギタリスト、踊り手、唄い手たちとも、不定期ながら練習に付き合ってくれているという。
ついでだったが、私の親しいギタリストのエンリケ・ヒメネスにも紹介した。
エンリケ曰く“えっ、お前の生徒だって!? お前よりも良いじゃないか!!”ということだった。
嬉しいように悲しいような‥‥。

そして翌年、突然彼が帰ってきた。何故かと尋ねても、何も答えてくれなかった‥‥!?何かがあったのだろうが、何も話してはくれないし、私にはなんだか見当もつかなかった。凡人の哀しさ、なのだろう。
実家に連絡してお母さんに聞いてみたが、理由は分からないとのことだった。

---途中、省略---

そして数年後、“自殺してしまいました‥‥”という悲しい連絡を受けた。
思えば、私自身若かったせいか、彼の心の中を理解できなかったことも悪いのだろう。
かばい切れなかったこともあるだろう‥‥。
もっと密接な関係を作っておけば良かったのかもしれない‥‥。
いろいろと悔いが残った。

天才は“近道を見つけることができる”
天才は“習わなくてもできる”
天才は“凡人が気が付かないことを識っている”
天才は“凡人が感じられないことを感じられる”
天才は“とても静かな、でも熱い心を持っている”
天才は“すべてを見通すことができる”
でも、耐えることだけが、できないのかもしれない‥‥

もう、35年以上前のことなのだが、今でも、時々彼の夢を見る。
いつか彼の遺作になってしまったロンデーニャのブレリアスを弾きたいと思っている。
彼が15歳の頃に作った素敵な曲だ。
もちろん、彼のようには弾けないと思うが‥‥。
posted by 飯ヶ谷 守康 at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | タマ〜に書く日記